子供の適応に関すること

海外生活への適応 ー学校生活を中心にー

“海外の生活や学校に子どもがスムーズに適応できるのだろうか...”
お子さんの適応は、ご両親の関心事であり、一番大きな心配ではないでしょうか。異文化の中で毎日学校へ通い、わからない英語で学習するのですから、戸惑うことや困ることがたくさんあると思います。習慣や言葉が違うのですから、子どもだけでなく、保護者の方もどうしてよいのかわからないことがあるのは当然だと思います。
適応はお子さんの年齢、性格、母語としての日本語力、英語の知識、家庭のサポートなどによってかなりの個人差があります。これまでの研究により英語の習得について統計が出ていますが、それによると、お子さんが会話レベルの英語を身につけるまでには平均1~3年かかります。そして、普通にクラスで学習についていけるようになるには平均3~7年かかるということです。また、どの年齢であっても現地校に転入当初、全く話をせず教室で黙っている時期があります。これをサイレント ピリオド(silent period)といいますが、この期間も子どもによって5分から6ヶ月またはそれ以上と個人差があります。
とにかく英語の習得や生活への適応には時間がかかることを認めて、お子さんをせき立てないようにしましょう。週5日間どっぷり英語に漬かって、いっしょうけんめい学習するお子さんの気持ちを、大きな器になって受け入れ、支えてあげてください。

家庭でできる大切なことは、

*おうちの方がゆったりと構え、お子さんの適応を決してあせらない
*他の子どもや家庭と比べない
*子どもの教育にはお父さんお母さんが大きく関与して、サポートする
*家庭では日本語環境を整え、日本語の保持に努める

ことだと思います。まずは、お父さん、お母さん自身が海外での生活に慣れる努力をされ、笑顔を絶やさずに、ゆとりをもって生活を楽しむことが大切でしょう。
子どもの適応に関して年齢別にその特徴的なことをまとめました。参考にして下されば幸いです。

就学年齢以下の子どもの場合

最近は乳児や幼児を帯同して赴任なさるご家庭が増えています。小さいお子さんは、海外で生活を始めれば言葉も習慣も、自然に、しかも早く身につくと思われがちで、あまり心配もせずに連れて来られる方が多いようです。そして、こちらではできるだけ早く英語を覚えて慣れるようにとの期待からか、お子さんをデイケアやプリスクールに入れる家庭も多くなっています。
しかし、“第2言語の習得には基礎となる母語の発達が大切”と言われています。母語としての日本語の習得が始まって間もないこの年齢では、母語が英語習得に必要なだけ充分に発達していないと言えます。二つの言語習得が同時進行という環境になりますから、英語の習得は早いと思います。でも母語は基礎にするほど発達していませんから、家庭でしっかり日本語を育てなければ母語である日本語の発達が阻止される心配があります。将来日本に帰国されるのであれば、異文化環境に慣れさせることを急ぐのではなく、この年齢に最も必要な日本語の発達を促すことの方が、遙かに大切なことだと言えます。家庭では日本語で会話し、日本語の本を読み聞かせるなど、充分に日本語で接して、お子さんの母語を育ててあげて下さい。海外での日本語環境は自ら作らなければ存在しませんから、日本に住んでいたとき以上に家庭でお父さんお母さんが日本語の育成を心がけて下さい。
デイケアやプリスクールに通わせる場合は、はじめから長時間入れるのではなく、子どもの負担にならないように、様子を見ながら少しずつ慣れさせていくとよいでしょう。この年齢の子どもにとっては、なんと言ってもお母さんと過ごす時間が一番楽しく、遊びながらいろいろなことを学びます。おうちで思い切りお子さんと遊んであげて下さい。

小学校低学年の場合

平日は現地校へ、土曜日には補習授業校へ通います。この時期は文字に興味を示し、読み書きの基礎がしっかり身に付くときです。やはり日本語の発達と保持のためにとても大切な年齢だと言えます。特に現地校へ行き始めますから、家では母語としての日本語の習得に心がけることが必要となります。 正しい日本語で会話し、通信教育や補習授業校の宿題などを一緒に学習しましょう。
特に言葉を介さなくても遊べる年齢ですから、現地校では子ども達に受け入れられやすい時期だと思います。それでもはじめは言葉がわからずストレスも高いと思います。一日のお話をよく聞いてあげるとともに様子に充分気をつけてお子さんを観察することが大切です。担任の先生とのコミュニケーションに心がけ、気がかりなことは相談されるとよいでしょう。親しいお友達づくりが適応へのひとつの鍵になります。自分のことを理解してくれる友達、困ったときには助けてくれる友達、心を開いて接することのできる友達の存在にどんなに救われることでしょうか。家にクラスの友達を招待するなどして、友達の輪を広げるサポートをしてあげて下さい。

小学校高学年の場合

この年齢層は母語の読み書きもしっかり定着し始めるときですから、この時期に海外で生活をはじめても日本語の力はそれほど低下しません。日本語の会話力も読解力も家庭の努力と環境で保持することができます。第二言語の習得に必要な母語がある程度発達していますから、英語も習得しやすいと思います。また異文化理解もできる年齢ですから、小学校低学年以下の子どもに比べて文化の差がわかりそれだけ日本文化を保持できることになります。
現地校の学習はこの学年層から徐々にむずかしくなっていきます。小学校低学年では具体的でやさしかった学習内容がだんだん抽象概念の学習となり、お母さまたちが現地校の宿題や学習の援助に四苦八苦されるのもこの時期ではないでしょうか。この学年以上は英語力の向上と現地校の学習をサポートするために、ほとんどの日本人家庭が家庭教師をつけるようです。
こちらのエレメンタリースクールは5年生までで、6年生からのミドルスクールは教科担任制となります。(学年は学校区によって違いあり。)1時間ごとに教室も友達も先生も変わるわけです。ですから、ミドルスクールへ上がる前に生活に慣れ、友達を作る準備期間があるとよいと思います。ミドルスクールへ行っても援助してくれるような友達をエレメンタリースクールの間にできるだけ多く作っておくとよいでしょう。渡米時に日本で6年生になったばかりであれば、現地校はしばらくの間5年生に入って、ミドルスクールへの進級を半年くらい遅らせることも考えられるでしょう。例えば3月に5年生を終えて渡米する場合、または4月・5月に6年生になってから渡米する場合は、現地校が終業となる6月中旬までいったんは5年生に入り、9月から6年生を始めることができます。

中学生の場合

この学年も小学校高学年と同様、母語がほとんど確立していますから、第二言語の習得はそうむずかしいものではないと思います。しかし、話をしなくても何となく遊べるという小学校の子どもと違って、友達とは言葉を介して交流する時期ですし、同年齢のアメリカ人は会話でも相当複雑な内容を話します。ですから英語力のないうちは友達と話すことに気後れするでしょうし、周りの友達に軽く見られてしまうのではという心配もあるでしょう。また学習面でも小学校と違って学習内容の量や質も高いですし、宿題やプロジェクトも多くなります。従って、英語がある程度身に付くまで精神的なストレスが高い年齢だと思います。
現地校のカウンセラーや先生方とコミュニケーションを図ることが大切です。子どもの性格や様子を伝え、気がかりなことがあるときはいつでも相談できるようにしておくとよいでしょう。それから趣味やスポーツなど打ち込めるような活動に参加するのもよいと思います。精神的な発散になるばかりではなく、活動を通して友人もできます。家庭ではやはり学習を援助するとともに、よい友人を作ることができるようにサポートしてあげてほしいものです。お父さんお母さんのバックアップが大きな励みになります。日本を出国する前に英語をできるだけ身につけておくこともおすすめします。

高校生の場合

高校生になると英語の基礎知識は身に付いていますから、他の学年に比べるとまず英語を聞く力はあると思います。でも中学生と同じく、仲間の話す英語は内容もむずかしいですし、教科も相当レベルの高い内容を学習します。授業ではディスカッションもありますし、授業への積極的な参加が期待されます。やはり英語や生活に慣れるまでストレスの高いことが予想されます。
中学生の場合もそうですが、高校生ではさらに海外生活への本人の意識がたいへん大切な鍵となります。本人が「来たい」という希望を持つことが必要です。‘親よりも友達’という年齢ですから、受験してやっと入った日本の高校や自分をオープンにできる親しい友人に大きな未練が残り、未知の世界に飛び込むことを前向きにとらえることができなければ、海外生活は決してうまくいきません。お父さんの仕事のために仕方なく...という気持ちで海外生活を始めると、常に後ろ髪を引かれる思いで過ごすことになり、滞在中はいつも気持ちが日本にばかり向いてしまいがちです。それでは海外での建設的な生活はなかなかできないことになります。このように、高校生帯同を考えるご家庭は本人の気持ちも相まって帯同を迷われることがよくあります。高校生の場合、とにかく本人の意志が大切なので、家族でよく話し合うことが必要です。
高校生で渡米して適応に努力し、英語力も伸びてスムーズにアメリカや日本の大学に進学するケースも多くあることを付け加えておきたいと思います。

大切な家庭のサポート

就学年齢のお子さんは、ふつう月曜日から金曜日までは現地の学校へ、土曜日は補習授業校へ通う場合が多いでしょう。海外では、日本に住んで学校へ通うのとは状況が全く違うわけですから、お子さんにとって家庭のサポートが大切なことは言うまでもありません。

○渡航前に
海外で予期されること..滞在の予定年数、どんな国、どんな学校、生活の違い、直面するであろう苦労、海外でしかできない経験などを渡米前に話し合い、お子さん自身に見通しを持たせることが大切だと思います。以前に行かれた人から情報を得たり、海外子女教育振興財団実施の渡航準備のための教室に参加されるのもよいでしょう。もちろん海外生活への不安や心配はあると思いますが、家族みんなで支え合いがんばろうという意気込みを持つことが肝心です。ご両親の態度がお子さんの気持ちに大きく影響します。まずはお父さんお母さんが海外生活を前向きにとらえ、期待を持つことが大切でしょう。

○海外生活いよいよ開始
現地校が始まったら
どの年齢であっても(大人でも)異文化の中で生活を始めるということはとてもストレスになると思います。言葉が違うだけではなく、食べ物も生活習慣も異なります。聞くもの見るものすべてが新しい発見です。特にお子さんは現地校へ通い、1日中わからない英語の中にどっぷりつかるわけですから、最初のうちは体も心もたいへん疲れます。おうちへ帰ってきたら1日の出来事をよく聞いてあげて下さい。いつもと変わった様子がないかどうか、気持ちの上で負担がかかり過ぎていないかどうかに気をつけて観察して下さい。でも、お母さんが心配しすぎると子どもも何でもないことでも心配になってしまいますから、心に気にかけながら笑顔で励ましてあげる方がよいでしょう。内向的な性格のお子さんには、失敗することを恐れないで思い切って行動するように力づけて下さい。
何をどうすればよいのかわからなかったり、クラスの周りの子どもたちと同じようにできないことやみんなとは違う課題を与えられることを悲観して、劣等感を持ったり落ち込んだり、フラストレーションをためてしまうお子さんがいます。はじめは何もわからなくて当然。「わかるようになりたい」という気持ちを持つこと、自分のペースでがんばればよいことをお話下さい。英語や生活習慣を身につけるには時間がかかります。まずおうちの方がゆったり構えてお子さんの気持ちをリラックスさせ、安心させてあげて下さい。

お父さんの存在
日本では、お父さんはお仕事に忙しいのでお子さんの教育はお母さんに任せられているという家庭が多いと思いますが、海外では家庭の中のお父さんの存在がとても重要です。お子さんについては夫婦でよく話し合い、二人で協力してお子さんを支えることが大切です。お父さん、お子さんの教育に大きく関わって下さい。お子さんとたくさん会話をなさって下さい。現地校や補習授業校のカンファレンスや行事にぜひ参加下さい。お父さんのサポートは家族全員にとってたいへん心強いものです。お父さんの関わり方は、家族が安定した海外生活を送ることができるかどうかのひとつの鍵だと思います。

日本語支援
何度か述べましたが、第二言語の習得は母語の力が基礎となります。家庭では日本語の育成に努めることが一番の支援になると思います。
「家庭ではしっかり日本語を」
長い目で見て、短期滞在の場合でも、長期滞在の場合でも、親の役割として一番大事なのは、家庭で親が自信のあることば(日本語)で年齢相応の話題についての話し合いの場を絶やさないことです。このコミュニケーションのチャネルを保つために、日本語をしっかり保持することは長い目で見て、どの年齢の子どもにも、また海外滞在が何年になっても大切なことです。親が家で英語を使って子どもの現地校への適応を少しでも早めようとするのは、一時的にプラスになるかもしれませんが、長期的に見るとマイナス面の方が大きいのです。特に親が英語力に自信のない場合は、なおさらです。海外から転入してくる子どもの扱いに慣れていない現地校教師が、「お子さんの英語の伸びが遅いのは、家で親が英語を使わないからです。ぜひ家で英語を使うようにして下さい」と言うかもしれませんが、この点は、あくまでも日本語を守る必要があります。逆説的に聞こえるかもしれませんが、日本語で生き生きと感じ、考え、話し、読み、学ぶチャネルを保つことは、大事な英語力の基礎づくりになるのです。
中島和子著『言葉と教育』(海外子女教育振興財団発行)より